2008年8月27日水曜日

帝国主義と植民地(その1)

帝国主義と植民地

ここでおそらく暫定的な試みとなるであろうが、帝国主義という言葉と、植民地という言葉について、わかりやすい区別をしていきたい。これはきわめて重要な提案となるはずだ。

私は、次のことを提案をするつもりである。

  1. 帝国主義と植民地主義ないし植民地の区別をすること
  2. 植民地化とは文化と精神の支配であるとすること。
  3. 被植民地化した社会と、帝国主義に従属したにもかかわらず被植民地化されなかった社会との区別をすることである。


帝国主義と植民地主義にはしばしば区別されることなく使われることが多い。それでも次のサイードの定義はよく引用されている。

「帝国主義」という言葉は、遠隔の領土を支配するところの宗主国中枢における実践と理論、またそれがかかえる様々な姿勢を意味している。いっぽう「植民地主義」というのは、ほとんどいつも帝国主義の帰結であり、遠隔の地に居住区を定着させることである。(中略)私たちの時代において、あからさまな植民地主義はおおむね終わりを告げている。いっぽう帝国主義は、これからみているように、それがこれまであったところに、特定の政治的・イデオロギー的・経済的・社会的慣習実践のみならず文化一般にかかわる領域に、消えずにとどまっている。」(『文化と帝国主義1』40-41ページ)。


しかしながら、このサイードの簡単な区別では、ほとんどの人はその意味がよく分からないはずだ。 たとえば野村浩也の場合、「個別具体的な土地の住民に対して帝国主義が実践される場合のことを特に植民地主義という」(『植民者へ―ポストコロニアリズムという挑発』30ページ)と解釈している。つまり、帝国主義が「悪」で、植民地主義は「悪」を遂行するエージェントであるというわけだ。こういう解釈はもっともらしくもみえる。だが、これでは、「遠隔の地に居住区を定着させる」という契機を無視してしまうことになるだろう。また、植民地主義が終わったが、帝国主義は今なお存続しているというサイードの文章の意味を理解できなくなってしまうだろう。

それ以上に問題なのは、朝鮮系・沖縄系のいわゆる「ポスコロ」にありがちなのだが、帝国主義と植民地に関わる帝国側・植民地宗主国側が、すべて「悪一色」に染まってしまうことである。これではポストコロニアル文学・文化研究は非常に窮屈なものになってしまう。ここでは詳しい論評を避けるが、サイード、スピヴァック、バーバといった文学研究者あるいはクッツェー、ラシュディ、ナイポールといったポストコロニアル文学者たちの業績を否定してしまうことにもなるのだ。なにしろ、たとえばサイードの場合、帝国主義に荷担したり、レイシストでもある英語作家を敬愛しているときているのだ。あるいはサイードは南アフリカのアフリカーナ系白人作家なのだ。

ここで誤解なきように述べておくが、帝国主義を甘く評価するとか、部分的にでも承認したいというのではない。究極的には、サイード的に言えば対位法的に絡み合わせて理解するにせよ、帝国主義や植民地主義といったものから相対的に自律した社会的文化的空間を設定すべきだと主張しているのである。文学愛好家ならば、レイシストや帝国主義者が常に異人種を非人間的に描くとはかぎらないし、その反対に博愛主義者や平和主義者が異人種を人間として誠実に描くとは限らないことはご存知であろう。


て、「帝国(主義)」と「植民地(主義)」の二つの言葉の性質の違いをよく考えてみてもらいたい。「植民地主義」(colonialism)という言葉が指示しているのは、「植民地」(colony)ないし「植民者」(colonistあるはフランス語でcolon)という言葉だ。ところが、「帝国主義」(imperialism)と「帝国」(Empire)との間には若干の距離がある。ましてや、「帝国者」という言葉は普通には存在しないのである。それはどういうことなのか。

次のように考えたらどうだろうか。帝国主義は宗主国中枢からの権力発動という抽象的なシステムに貫徹する力の諸傾向を示唆している。他方、植民地主義の植民という言葉は、いつも具体的な人間と、彼らの行為・実践を指し示しているのである。つまり、宗主国等の様々な人間が遠隔地に移住すること、そこで開発開拓・軍事行政・教育布教活動などの様々な産業に従事することである。もちろん植民地とは、宗主国が移民を送り出す遠隔の土地であり、植民者とはそこにおくりだされる農業開拓民、聖職者、教師、軍人、官吏、技術者、文化人たちのことである。つまり、植民地主義はそういった人間たちを膨張的に送り出す理念のことなのである。(つづく)


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