2008年8月23日土曜日

天才と障碍(その2)





以下は、笙野頼子の『金毘羅』のなかの文章である。

問題は実は私のほうにあるんだと思う。というのは要するに普通の家族というのは言葉なんかではコミュニケーションしてないからです。というよりそもそも日本国民の殆どはロジックに乗せてまともに日本語を使う能力などありません。矛盾した事をころころいいながら自分の感情だけ身振りだけを表現するのです。そして職場ならば力関係者で物事が決まります。家庭ならば言葉ただ身振りと感情でやりとりされて、愛情や調和があれば、それでいいのです。だから健全な子供は言葉なんかいちいち覚えていないのです。しかし金毘羅は言葉を全部辞書的に取るしかない。(106ページ)

家族はただこう言いたかっただけであった。「どうかこっちを見て、私達といて、現実に目を向けて」と。私には家族が見えていなかった。家族とは何かを判っていないのだし、家族とともに何かをしたり、そもそも一緒に何かを生きたりする能力がないのでした。(106~107ページ)

本当に人間のする事は判りません。何をするか判らないしそもそも人間にはまともな日本語を使えないのだ。金毘羅にとって、人間程恐ろしいものはありません。(108ページ)

日本特有の、「誰かとまずくなる」という事の問題でも買ってない。というかどうでもいいのです。また我慢強いと言われる事も多いのですが、自分が我慢している事を判っていないことも多いのでした。(108ページ)

私は「コモドドラゴンのようにしつこい」と生前の母から話言われていたのです。(中略)もともと金毘羅とは生存競争に弱いものなのです。ただ言葉や考えに容赦なく制限がないだけです。(中略)どんなに相手にしろ私が怖くしつこいのはしうちや金銭に対してではなくて、言葉に対してでした。(108ー109ページ)

しょせん、金毘羅は言葉やロジックでしか社会、人間と触れ合うことができないです。どうしてかというと人間のする事があまりわからないからだ。だから一言でいえば金毘羅とは迷惑なものです。しかしその一方言葉で触れ合うというのは実は非常に大切で主要なことでもしもこの国に1人もそういう能力のある人がなければ困るはずです。金毘羅はそういう世界こそ必要な「人材」でした。(109~110ページ)

あまり大きな声で言うつもりはないが、この文章を素朴に読む限り、笙野も、加藤一二三同様にある種の発達障害、とりわけ高機能自閉症またはアスペルガー症候群の可能性が高いのではないのか。決して笙野という作家を貶める意図はない。むしろ、アスペルガー的であることによって、作家として得難い才能を発揮したとも言いたい。

とりあえず、 オリバー・サックス著「火星の人類学者」というのを読んでみなくては。(続く)

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1 件のコメント:

shakti さんのコメント...

サックスの短編集のうち「火星の人類学者」だけ読んでみた。たいへん読みやすい本で、多くの人がレビューしているのも頷ける。ただし、あまりにも頁が薄すぎて私は不満を持った。(もっとも他の6人の文章を読んでいないので、そういう判断を下すのは早いが)。もう少し、いくつか読んでみる必要がありそうです。