2009年11月3日火曜日

池澤夏樹の批判(3)ーー文学と社会科学

昨夜というか今晩というべきですか、2009年11月2日の池澤夏樹の放送は熱がこもっていて良かった。良い文学や小説を味わった感激がよく伝わってきました。私も、バオ・ニンの『戦争の悲しみ』は購入してしまいました。

暗夜/戦争の悲しみ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-6)
暗夜/戦争の悲しみ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-6)近藤 直子

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しかし、先週のはちょっといただけなかったな。フランスの作家トゥルニエの『フライデーあるいは太平洋の冥界』の紹介なんだけれども、はっきり言って稚拙な図式主義を振りかざしていたように思う。

私自身が読んだのは『フライデー』と全く同じものではなく、彼が子供向けに書いた『新・ロビンソンクルーソー』(榊原晃三訳、岩波書店/岩波少年少女の本24)のほうです。しかしその本の解説によると、セックスの部分だけを削除したのが子供版だったはずですので、大きな違いはないでしょう。(「印象的だったのは、二人だけなのに口で話をするのは面倒だから、たがいに手話でやりとりしようとフライデー(というかヴァンドラディ)が提案したこと、そして、手話記号の一覧表のイラストが詳しく掲載されていたことでした)。


さて、先週の池澤の何が不満だったかというと、またしても、文学の輩が社会科学者のナイーブな単純化の受け売りをしてしまったということです。

ああ、良かったら岩波文庫の『ロビンソン』の翻訳者の解説を見てください。東大英文科の英文学者平井 正穂教授が、大塚久雄のロビンソン解釈の受け売りをしているのです。大塚久雄の近代主義的な解釈が、原作を強引にねじ曲げた誤読であることは、たとえば岩尾 龍太郎だとか、正木 恒夫植民地幻想』といった著作をご覧いただきたい。問題は、大塚近代主義だけではなないのは明白でしょう。(上)(下)二冊の翻訳まで引き受けた東大の文学部教授が、たとえ当時多大なる影響力があったとはいえ、英文学の解釈について、一経済史研究者の受け売りをしてしまったと言うことです。こういうことは、独り平井教授のみならず、日本の文学研究の本質に関わる大問題ではないかと密かに思っています。

話が少々脱線してしまいました。要するに作家・池澤夏樹がテレビで述べたのは、平井教授と同じような単純な二分法に陥っていた訳です。つまり、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』は、実に勤勉なプロティスタンティズムの精神の具現化でありましたとか、原住民のフライデーを従者と扱っていました、しかしトゥルニエとなると、レビー・ストロースの『野生の思考』の影響も受けて、全然違っていますよ、というのです。

つまるところ、

  デフォー:トゥルニエ
=モダニズム:ポスト・モダニズム
=プロ倫禁欲主義:脱宗教的な「遊び」
=原住民奴隷思想:原住民友愛思想

だというのです。

池澤のトゥルニエの説明はそんなに的を外しているとは思いません。だが、デフォーの『ロビンソン』はちょっと違うだろうと言いたいのです。まず、正木が説得的に主張していますが、デフォーはプロ倫(Max Weber)的な勤勉人ではなく、重商主義的発想が強いギャンブラーなのだ。それから、ロビンソンはかなり柔軟な思考力があって、案外良い奴なんだ(笑)。僕自身、デフォーの帝国主義・植民地主義の精神を暴露してやるぞという気持ちで『ロビンソン』を読んでみたのだが、どうもそれは私の偏見でしかないと思い知らされたのだ。むしろロビンソンは優柔不断で、あれやこれやと思い悩む奴なのである。

もちろん、小説の中でロビンソンはフライデーの反論にも耳を傾けているのだ。いま手元にあるのは、Dover Thrift Editionsの米2ドルのRobinsonなのだが、その160頁にはこんなことが書いてある。

[Robinson ]’Friday, God is stronger than the devil, God is above the devil, and therefore we pray to God to tread him down under our feet, and enable us to resist his temptations and quench his fiery darts'.

[Friday] 'But if God much strong, much might as the devil, why God no kill the devil, so make him no more do wicked?'

I was strrangely surpursed at his question・・・
フライデーの鋭いつっこみで、ロビンソンはもうタジタジとなってしまうのである。こんな具合で終始しているから、デフォーの古典的名作は決して簡単に侮れるような代物ではないのだ。まあ池澤だって本当は分かっているとは思うが、そういう単純な二分法の枠組みにぴったりと当てはまらないからこそ、文学の古典として生き残っているのだ。だからこそ、パロディを作りたくるというものなのであろう。


そういうわけで、先週(2009年10月)のは、ちょっと残念でした。なお、デフォーの『ロビンソン』は東大の文化人類学教授でもあり、現在は文学翻訳家としても活躍している増田義郎先生による新訳が出ている。完訳 ロビンソン・クルーソー』である私は未読であるが、ぜひとも読んでみたい。(余談だが、ロビンソン・クルーソーが28年間滞在したとされるトバゴ島というのは、V.S.ナイポールの出身地トリニダード島とともにトリニダード・トバゴという国を作っている)。

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